自給自足系ミニマリスト

子育て中の田舎の主婦です。製菓衛生師免許、コーヒーインストラクター(2級)所持。バックパッカー経験あり。世界一周していた夫と結婚しました。

ポシェットひとつで出かけたい?出かければいいじゃない。

ポシェットひとつで出かけたい。

ミニマリストとして、以前なら当たり前のようにしていたけれど、今は全く縁のないことがあります。

ポシェット1つ、財布と手帳とiphone だけ持って爽快に出かける、ということです。

今日も大きなマザーズバッグを持って出かけます。

青いほうは松野屋のサイクルバッグで貴重品を入れています。

マザーズバッグはモンベルのリュックです。

mont-bell(モンベル)ポケッタブルディパック 20 です。

折りたたむとポケットサイズになってとても軽くて薄くて丈夫です。何より安い。エコバッグにショルダータイプを買おうか迷っています。

mont-bell(モンベル)ポケッタブルディパック 20
by カエレバ

羨ましい?ならやればいいじゃない。って思っていました。

私が1番欲しかった「平凡な幸せ。」

子どもと夫がいてくれて、毎日食べるものに困らず、何不自由なく。幸せで。

それなのに、人の人生を見て、羨ましくなってしまうことがこの頃はあります。

人の人生を羨む感覚は、実はここ数年になって湧いてきた気持ちです。

以前は、羨ましいならやればいいじゃない、なんて思っていました。

マリーアントワネットが飢饉のときに言った言葉として定着している(本当かどうかわかりませんが)、「パンがなければケーキを食べればいいじゃない。」みたいなテンションでそんなことを思っていました。

たぶん、それだけ好きなことを思い立ったらすぐに、次々とやっていたんだと思います。

羨ましいならやればいいじゃない、なんて言わないけれど、そう思ってしまう(人によっては言ってしまったかもしれませんが)。

そんな機会が多かったのは、周りが私の好き放題している姿を見て、「羨ましい」と言ってくれていたからでしょう。

ここ数年で、私にも「羨ましい」という気持ちが痛いほどわかりました。

私が羨ましいと思う人。

・手に職をつけて働く人。
・外国に住んでいる人。
・働きながら旅をする人。

書いていて気づいた、羨ましい人の正体。

今この文章を書いていて気づいたのですが、上に書いた、私が羨む人の項目は「かつての私」にだいぶ当てはまります。

外国に住んでこそいなかったけれど、住んでいるかのような旅をしていました。そして、ほんとうに住むつもりでもいました。

べつに自分大好きだったわけじゃあ、ありません。むしろ、嫌いでした。今よりもっと、嫌いでした。

そして、上のような自分だった時に、「平凡な家庭、浮き沈みのない人生」を欲しいなと思う気持ちがあったのも思い出しました。

それはまた羨ましいとは違って。

好きなことばかりやっていたときは、浮き沈みの激しい人生になっていました。

それにものすごく疲れる瞬間があって、そういう時に子ども連れの家族を見ると、「私には無理だけど、幸せそうでいいな。」と思って眺めることがありました。

思いっきり遠くにあれば、欲しくならないけれど。

私の場合、ですが。手が届かないところにあると思ったものは、ハナから諦めてしまって欲しくなりません。

かつては手にしていたものに、今は手が届かないと気づいた時。

手にしていたからまた私のものになるんじゃないか、え?ならないの?どうして?と、焦燥感に駆られます。

この感覚が、過去にすがるっていうことなんだろうな、と思いました。

優先順位。最優先は、母であること。

手ぶらで遠出はできないけれど。 近所の散歩に、ポシェットひとつで出かけました。

思っていたよりずいぶん簡単なことでした。ポシェットひとつで出かける。叶いました。(笑)

「ポシェットひとつで出かけたい。」が今の夢であって、「ポシェットひとつでどこまでも行きたい。」が夢ではなかったのです。

叶わないと思っていたけれど、小さくなら叶えられることって案外たくさんあるのかもしれません。

mont-bell(モンベル)ポケッタブルディパック 20
by カエレバ

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